禅院 昭 代表取締役 就任対談
楊:
この度は社長就任おめでとうございます。私と禅院さんとの出会いは、もう何年前になりますか?
禅院:
ありがとうございます。もう3年以上前ですね。確か、社会人メンターとして参加させて頂いた中小企業経営者協会のキャリアスクーププロジェクト・大学生向けのインターンシップ活動でした。
楊:
もう3年ですか、本当に早い。当時あまり話す機会はなかったですね。
禅院:
そうですよね。津屋崎に合宿に行った際の車の中で、初めて会話したのを覚えています。お互いの仕事の失敗の経験とか、裏話とか。それがきっかけで距離が近づきました。
楊:
はい。活動の期間中、様々な学生、社会人との出会いを頂いたのですが、何だかんだ禅院さんとこうやって仕事まで一緒にさせて頂いているのは本当に不思議ですよね。
禅院:
やはり、楊さんとこうして公私共に親しくさせて頂いているのはお互い「教育」という軸を持っていたからだと思います。
楊さんは中国人でありながら日本で活躍されている越境者でもあるので、私自身と事業自体の成長にとって、楊さんとの関係性を非常に大事にしております。
楊:
ありがとうございます。
お会いした当初は貸しビル業をされているとお聞きして、当時私の周りには貸しビル業をやっている友人はいなかったです。
そのため、印象に残ったのを覚えています。
それに禅院さんは貸しビル業に留まらない、色んな活動をされているじゃないですか。
インターンシップの活動が終わってからしばらくお互い連絡がなかったのですが、再度禅院さんに連絡を取るきっかけとなったのは、エストニアでしたね。

■北欧エストニアとの架け橋
楊:
エストニアって一体どこあるの?というぐらいの認識でした。
しかしながら、禅院さんがあまりにも頻繁にエストニア関連のプロジェクトをフェイスブックにアップされるものだから、気になってしまって。
禅院:
そうだったのですね!?確かに、当時は頻繁にエストニアについて情報発信していましたね。
楊:
どうしてエストニアに注目されたのですか?
禅院:
ご縁を頂いたのがきっかけですね。元々、20代は“経験”の時期と捉えていました。 いずれ自社や自社以外の誰かに役立てるために備えて繋がりを広げたり、ノウハウを身に付けたりする時期であると、、、 そうしたタイミングでエストニア関連のプロジェクトに関わらせて頂きました。教育、海外を関心のキーワードとしてもっていたのも関わる理由でした。
楊:
何回も現地に行かれそうですね?
禅院: 5回ぐらい渡航しました(笑)エストニア、ドイツ、オランダ、ベルギー、ドイツと行かせて頂きました。
エストニアでは現地でサッカー選手と共に実業をされていらっしゃる方に大変御世話になりました。
また、ドイツ在住で活躍している高校の同級生とも現地で会って大変刺激を受けましたね。私も負けじと国境を越えた様々な案件に関わらせて頂きました。
ただ、本プロジェクトでは、2015年春から約3年間インターン生として関わっておりましたので、無報酬で動いて貯金も使い果たしてしまいましたが、、、(汗)
それでも、今後の事業のために私自身の発想を広げ、スキルアップの機会を頂いた本当に貴重な経験だったと思います。
■走・攻・守 楊: 凄いですね。その行動力の源は一体なんでしょうか?
禅院: いえいえ、全然凄くないですよ。異国の地で奮闘している楊さんの方が凄いです。
ちなみに、質問にお答えしますと、私の源は“好奇心”と“向上心”だと思っております。
ただ、より深く言うと、「走・攻・守」ですね。私の人生の軸に据えています。
大禅ビルは私の祖父が創業され、私で3代目になります。
そこで、刺激と学びを得ることができました。
色々辛いことも、困難なこともありましたが、それらも全部ひっくるめて自分の学びとして受け入れ、笑顔でいられる。
行動力の根源があるとすれば、この辺りでしょうね。
■大禅ビル動画サイト 楊: なるほどですね。ではそうした好奇心と向上心に従って、本業以外の領域で動き、培った経験を、逆に今後どのような形で本業のほうにフィードバックしていかれますか?
禅院: 主に2点あります。
1つはそれこそいま楊さんと構築している大禅ビルの動画サイトです。
大禅ビルに限らず、舞鶴というエリアを中心に「場の記憶」を繋ぎ留め、発信することで付加価値を高めていきたい思いがあります。
具体的に申しますと、少年科学文化会館や裁判所など、古い建物がどんどん建て替えられ、建物が無くなったことで、そこに紐づく人々の記憶が薄れていくのは、どうなのかなと。
このことを疑問に思ったわけです。
■共同体マネジメント 禅院: もう1つは、共同体のマネジメントですね。
本業以外の分野の方々とプロジェクトをご一緒させて頂く中、共同体、つまりチームのマネジメントを多く経験させて頂きました。
同時に事業の軸の置き方といいますか、事業に社会性をどう持たせるのか?目標設定をどうするのか?
というように、事業をより高く、より深い視点で捉えることの重要さを学ばせて頂きました。
今後本業の貸しビル業でも、色んな方々と新しい挑戦を一緒にやっていくでしょう。
そうした時に、本業外で得た繋がりや経験が活きてくるかと。
楊:
新たな事業展開に役立つということですね。
禅院:
はい。もともと大学時代は環境分野が専攻だったこともあり、社会課題に解決に関心の軸がありました。
よりよいビジネスを展開すれば、より社会課題の解決に繋がると考えています。国境さえも越えて。
ただもちろん、本業は貸しビル業ですし、このビルに育てて貰ったわけです。
■「恩返し」「恩送り」 禅院: 2018年時点で築45年になりますが、ずっと入居して下さっているテナント様もいらっしゃいます。
そうした方々にまずは「恩返し」させて頂きたい、そして他の誰かに「恩送り」させて頂きたい。
それを体現していきたいという思いが強いです。
楊: 軸として本業の貸しビル業をまず立ててから、周辺に事業展開していくというイメージですね。 禅院: はい、そこは大切にしたいと思っています。
私の祖父はもう他界しましたが、私の「昭」という名前は祖父の名前から貰ったんですね。
私が生まれた瞬間凄く喜んでくれて、自分の名前から一字取って私につけてくれました。
祖父も大変な時代の中、借金も背負って何とかやってきて、そして父がそれを受け継いで今に至ります。
創業者である祖父から名前を貰った意味も考えながら、今後事業を進めていきたいと思います。
■新しい取組・認識 楊: 紡いできた歴史の先に今の禅院さんがあるということですね。ところで禅院さんが大禅ビルに入社されたのはいつ頃でしょうか?
禅院: 前々から来社してはいたのですが、本格的に会社の事業に関わり始めたのは2014年9月になりますか。 楊: 禅院さんが関わり始めてから、業績も向上したとお聞きしました。 禅院: そうですね・・・そもそも私が入社できたのは父である社長が大きな決断をして
下さったからです。
当時は様々な課題があって、その課題解決が最優先でして、、、
ビル経営で最も重要な稼働率も70%行かないぐらいの状況でした。
頑張って動いても結果が出なく、さてどうしようかとかなり悩んでいた時期が長かったですね。
それで何とか戦略を練って動き続けていたら、有り難いことに皆様からお声が掛かるようになり、稼働率も90%台まで改善することができました。
楊: 相当の苦労と努力があったと思います。私は逆に貸しビル業に全く詳しくないんですが、今後の貸しビル業のあるべき姿についても伺えればと存じます。
禅院: それこそ「ノマド」という特定の場所を持たない働き方が注目されていますよね。
自分の家をバイクで引いてその場暮らしをするような人も出てきているそうです。
ビルさえ持っておけば後は放っておいても大丈夫と考えているオーナー様にとって、これからの時代は厳しくなっていくのではないでしょうか。
自ら主体的に考え、前に動いていかなければならないと思います。
■インターンシップ導入 楊: 私が大禅ビルさんと関わり始めて一番驚いたことがあります。
それは、この動画サイト構築やエストニアのプロジェクトでも大学生をインターンシッで受け入れていることです。
そして、そこで小さくとも事業を一緒にやり、彼らに成長の機会をお金と時間をかけて創られていることです。
インターンシップに取り組まれたきっかけというのはあるのでしょうか?
禅院: きっかけは先ほど申し上げた「恩返し」「恩送り」ですね。
会社の引き継ぎの関係で今はもう受け入れておりませんが。
やはり、自分が大学4年間の間、色んな方にお世話になって、数多くの経験値を得て成長の機会を頂いてきた過去があります。
大学生というのは成長の可能性が大いにあります。
弊社に関わってくれた方に少しでも付加価値を提供して、同時に大禅ビルのブランディングの切り口の1つにできればと思い、インターンシップに取り組み始めました。
楊: 今まで何人インターンシップ生を受け入れて来られたんですか?
禅院: 弊社で受け入れた方は数名で、別のプロジェクトでお世話させて頂いた方も含めると数十名はおりました。 楊: インターンシップ生との関わりの中で何か印象的だった出来事はありましたか? 禅院: 沢山ありましたね。例えば以前に「ご長寿大禅ビル君の家族愛と感動のストーリー」というシリーズがありました。
そこで、創業者の祖父、父、そして私の3代に亘る家族愛をテーマにして製作したのですが、1人計算すると430時間ぐらい掛かったんですね(汗)
その製作に大学生に関わって頂きました。非常に大変でしたが、彼らにとっても私にとっても素晴らしい経験が得られて良かったです。
ある大学生にとってこの経験が就活に役立てられたと聞きました。
また、作品のエンディングに「ミサンガ」という音楽グループの曲を有り難いことに無料で使わせて頂いたのですが、その後ミサンガさんはメジャーデビューを果たしています。
そうした方々とインターンシップでご縁ができたのも良い思い出です。
楊: 大学生たちの成長も間近で見られて良かったですよね? 禅院:
そうですね。ある子なんかは台風予報があった日に、台風が来なかったというので
「後で来ていいですか??ぜひ作業の続きをやりたいんです!!」
と連絡がきて・・・彼らの漲る力にいつも驚かされ、逆に私の方が学ばせて頂いたような
気がします。
楊: インターンシップに関わる中で、禅院さんも様々な経験を積まれてきたのかと思います。
そうした経験が、大禅ビルの営業や社員さんのマネジメントの中で何か役に立てたことはありますか?
禅院: それから、後は仕事を長く続けると初心を忘れてしまうこともある中、彼らのがむしゃらな姿は
「あ、私もこのままじゃいけない」
と思わせてくれ、私自身にとっても初心を思い出させてくれるような有り難い刺激となりました。
■ビルを自社で管理するということ 禅院: 大禅ビルの強みの一つとして、「ビルの自社管理」があります。 楊: 自社管理をこだわりとする大禅ビルさんですが、ビルを自社管理すること自体珍しいんですか? 禅院: そうですね。一般的にビルを所有していたとしても、その管理は外部委託することが多いです。 楊: 自社管理はテナント様にとってどういった具体的なメリットがありますか? 禅院: 貸しビル業において一番重要な緊急対応がしやすくなるからですね。 ■ブランディングへ 楊: 大禅ビルがブランドになっていくわけですね。 禅院: 有り難いことに皆様より支持を頂いております。 楊: では最後に、社長就任に当っての意気込みを一言でお願い致します。 禅院: 今後名実ともに大禅ビルを背負っていく立場となりますので、責任感をもって着実に堅実に取り組ませていきたいと存じます。 楊: 今日はどうもありがとうございました。 禅院: こちらこそ、ありがとうございました。
一般的にビルの管理人さんというと、一日中新聞を読んで、ちょっと掃除をする・・・
というようなイメージですが、弊社に関しては貸しビル業でもホテルマン並の対応を目指しています。
それこそ私の考えた
「新鋭のレトロオフィスビル」
のコンセプトに合致するもので、見た目は古いけれども一歩中に入ると綺麗、というギャップに驚いて頂けたら。
ただ、弊社としては近い距離でテナント様と接し、ニーズを拾い、サービスしていくことを大事にしていきたいです。
それがビジネスだと思っております。
例えばエレベーターが動かなくなった、電灯が切れた、ガスが止まった、水道が止まった、など。
もちろんしょっちゅうは起きることではありませんが、そのほかにも色々細々したこともあって、窓が開かない、設備が止まったなどなど。
そうした時は地下管理室にスタッフは常駐していますし、清掃作業でビル内にいつもスタッフがおりますので、すぐに声かけやすい。
対応マニュアルもつくっております。自社管理ならば素早く丁寧な対応ができます。
貸しビル業は「当たり前を継続する、当たり前を高めるビジネス」だと思います。
例えば、昔のビルに暖房なんてなかったですよね。でも、今は当たり前でどのビルに設置されている。
その当たり前になる瞬間までは感動があるんです。
しかし、当たり前になってしまえばその感動も消えてしまう。だから更なる上の感動を絶えず提供させて頂かねばなりません。
なお、最近の弊社でいうと玄関を改装して雰囲気を一新しました。
今までも玄関を綺麗に保つという当たり前を継続してきましたが、更に改装をきっかけに一段と上の当たり前を実現したわけです。
ではその次どうすればいいのか、当たり前を更にあげて感動をもたらすにはどうすればいいのかを考えていこうと思っています。
大禅ビルの良さが口コミを通じて広まっていくのが一番良いですね。
ヨーロッパに行った際に思ったのですが、向こうは古いビル、古い建物ほど価値があると。
日本は本当にスクラップ・アンド・ビルドで、古くなったら取り壊す、取り壊したら新しく建て替えると、新しいビルのほうに価値がおいているんですね。
新しいものは決して悪いというわけではないと思います。
私は私で、古さの中からどれぐらい価値を創造できるのか、古くあり続けることでどこまでブランディングができるのかを試してみたいという思いはあります。
そして、そのように培ったブランドをしっかりビジネスに落とし込むことを貫いていくことを心掛けています。
例えば、テナント様が退去され、空室となった時の貸し出しの価格は、前のテナント様の時よりも原則高く設定させて頂いております。
もちろん交渉の中で安くなる時もありますが、基本、安売りはしない。
もっと賃料安くすればお客も広がるとある不動産会社から言われたこともあります。
ただ、色々と手をかけ、付加価値が部屋に上乗せされていっているわけですから、その価値の分は堂々と価格に反映すべきだと考えています。
安かろう悪かろうではなく、貸しビル業は自身に発破をかける意味でも、意思を持ってブランディングを追求していくと確信しております。
有り難いことに現在ビルは高稼働率が続いております。
それだけ弊社の価値を皆様に認めて頂いていることですから、今後も大禅ビルでより高い当たり前を実現していくべく、事業に取り組んで参りたいと存じます。
とはいえ、「走・攻・守」も忘れず、三方のバランスをとりながら、テナント様の価値を上げられるような経営者を目指して参ります。
平成 30 年 2 月 14 日 福岡市中央区舞鶴 大禅ビルにて